2006年12月27日

セルフレビュー 2006ドイツW杯


敗因と
2006年もまもなく終わるが、今年一年を振り返ると、やはりドイツW杯での惨敗がもっとも大きな話題だった。

多くの評論家達が、W杯惨敗の検証が成される前に、オシムジャパンの話題へと移っていった協会の姿勢などに異議を唱えていたが、その評論家達も雑誌のコラムなどでいくらか意見を書いた程度で、その後はオシムジャパンへの期待へと意識は移っていった様に感じられた。

トルシエジャパン時代には関連書籍もかなり出ていたが、ジーコジャパンに関するものとしては、先日紹介した『敗因と 』くらいしか出版されていないのが現状だ。

しかしながら、この『敗因と 』、日本代表がどんな状態で戦っていたのかが非常によくわかる作品になっている。多くの選手・関係者からの証言で日本代表が内部分裂を起こしていたことがよくわかるし、チームの混乱ぶりからも負けることは必然だったと思わせるものだった。

「攻撃陣と守備陣のDFラインの高さ論争」、「’79年組と中田との確執」、「海外組と国内組の関係」など、一国の代表チームとしてはあまりにも悲しい現状がここには記されていた。

この本の中で、『何故日本代表の戦いぶりは胸を打たなかったのか』という事に触れていたが、私も一年の締めくくりとして、自分が書いたブログをもう一度振り返り、その当時何を感じ、何を考えていたのかを再度確認してみようと思い立った。

以下がW杯期間中に書いた主な記事だ。

■強豪国 順当に勝利 そして今晩 日本戦
■崩壊した自由 日本1−3豪州
■変えるのはシステムではなく意識 - クロアチア戦4-4-2へ
■心をひとつに
■自分のプレーに胸を張れるのか? 日本0−0クロアチア
■ジーコ ブラジル戦でのFW陣変更を示唆
■日本1−4ブラジル 終わりは始まり

『強豪国 順当に勝利 そして今晩 日本戦』では、非常に楽観的に豪州戦を待っている様子が伺える。この時点では、事前に行われたドイツとの親善試合の好印象も残っており、日本サッカーが内容で世界にインパクトを残せると確信していた。

『崩壊した自由 日本1−3豪州』では、『敗因と』にも記されていたDFラインの下がりすぎ、攻撃陣・守備陣の意識差、そして小野投入の不明確さを敗因としたが、もう一度立て直してくれることを期待していた。

『変えるのはシステムではなく意識 - クロアチア戦4-4-2へ』では豪州戦の反省点を軽くまとめたが、私としては分裂していた攻撃陣と守備陣では、守備陣を支持していた事がわかる。しかし、中田を使い続けるのであれば、攻撃的に行くしか方法は無いと記しており、中田と守備陣との確執もある程度感じていた節があった。

また、意見として先発組を総取り替えしてサブ組で戦うというアイデアも書いていたが、これが実現していれば、「中田と’79年組の確執」「中村のコンディション不良」の二つは解決が可能であり、何となく日本代表の内情を感じていたから思いついたアイデアだった様に感じる。

『心をひとつに』は自分としては異例の記事で、まさに内部分裂を確信し、もう一度チーム一丸になってやってくれという思いを、祈りを書いたものだ。

『自分のプレーに胸を張れるのか? 日本0−0クロアチア』では、戦う気持ちが感じられない選手が混在している事を悲しんでいる記事となった。
このあたりは『敗因と』でも取り上げられている「なぜ胸を打たなかったのか」という答えなのではないかと思う。

『ジーコ ブラジル戦でのFW陣変更を示唆』では、今までの戦いでのFW陣の不甲斐なさと、中田のFW起用について書いている。しかし、この提案の裏には中田が孤立気味であるという事を感じた上で、チームプレーに影響の少ないFW起用を提案したという背景がある。ここにも「中田とチームとの確執」を感じていた。

『日本1−4ブラジル 終わりは始まり』では、ブラジルでの負けは必然と考えた上で、豪州戦でのゲームプランが悪かった事がこの大会のすべての敗因と記した。また、中田の頑張りには敬意を表したが、中田の存在自体がチームを壊したのだと考えた。
だが、一つだけ敗因を上げろと言われれば、それはジーコが監督だったという事だろう。
監督が、自由を履き違えなければ、チームも中田もコントロールする事は可能だったはずだ。なぜなら、フランス大会、日韓大会でのエースは中田だったが、今回のような分裂は起きていない。

チームをコントロールする方法は様々だと思うが、トルシエは中村をはずしてまで、中山・秋田を招集した。ベテラン選手の存在感がチームをまとめたのだと思っている。『敗因と』の中でも、藤田、三浦(淳)のインタビューが掲載されていたが、そこにベテランの必要性を感じた意図は明らかだった。

日本サッカーの歴史に深い傷跡を残したドイツW杯だが、多くの事が判った大会でもあった。これも一つの財産と言えるのだろう。

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2006年12月07日

アジア大会 北朝鮮に敗れ終戦

アジア大会 男子サッカー2次リーグ最終戦で、U−21日本代表は1−2で北朝鮮に敗れ、同組2位。引き分けでも決勝トーナメント進出という状況で、グループリーグ敗退となった。

北朝鮮のFK2発に沈んだわけだが、それ以外の場面でも北朝鮮の方が1枚上手だった。

北朝鮮はベースとなる守備のバランスが良く、穴が少ないチームだった。
日本から見れば引き分けでも決勝トーナメント出場という有利な立場だったが、チームの特徴でもある攻撃的なサッカーを終始展開し、ボールポゼッションで有利に立ちながら、北朝鮮のボール際での強さと、素早いカウンターに苦戦した。

日本の攻撃は、家長、本田(圭)の両サイドを中心に、それなりに良い攻撃をしていたが、中央が平山の1トップではフィニッシュまで持っていくのは難しい。

U21の大きな特徴はこのサイドアタックにあると思うが、その代償として中央からの攻撃がプアに見える。
日本の伝統的な良さは、その中央のタレントなのだが、このチームはその点で見劣りする。

後半、広島の前田を投入し得点を目指したが、守りを固めた相手を崩すのは容易なことでは無いだろう。

多くのA代表経験者をそろえた北朝鮮と、若い日本代表の経験の差が出た試合だった。
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2006年11月20日

サッカーの進化、日本の進化

先日、日本サッカー協会が発表したドイツワールドカップのテクニカルレポートについてコラムを書いたが、そのテクニカルレポートでは日本代表の分析以外に大会全般の傾向なども分析されていたようだ。

色々なところで世界のサッカーは常に進化していると言われているが、具体的にどこが変わっているのかを正確に把握するのは一般のサッカーファンではなかなか困難だろう。 4年前と比べてサッカーはどのように変わったのか?、日本代表は進化しているのだろうか?

週刊サッカーダイジェスト11/28号に小野剛 技術委員長のインタビュー『日本化計画の行方』という記事が載っていた。

ドイツ大会の特徴は、厳しいプレッシャーの中で正確な技術が求められ、時にトップスピードでも同様の技術が要求されるというものだ。すべての選手にハードワークが求められ、司令塔と呼ばれる選手でさえもチームの為に走る事が常識となっている。

日韓大会では一瞬の隙をつく早い攻撃がトレンドだったが、ドイツ大会ではその割合は減っていたそうだ。

’02年にはボールを奪ってから10秒以内に得点した割合が53%で、この傾向についてはアテネオリンピックチームの監督を務めた山本昌邦氏も良く語っていた事を覚えている。その分析結果から素早いカウンターの有効性を感じ、日本代表の強化に当てはめていた。

しかし、’06年には34%に落ちていたそうだ。これは、’02年の傾向を各国が分析し対策した結果、カウンターに対応する守備戦術が進化した為と言えるだろう。

具体的にどのような対策が講じられていたかと言うと、顕著なのは前線の選手のディフェンスに入る早さが変わったと言うことだ。アンリ、フィーゴ、クローゼ、クラウチなどのスーパースターであってもチームの為にハードワークを行う意識が高かった事が一番の理由だ。

この流れを見ると、日本代表には追い風になるのではないかと小野技術委員長は語っている。

『日本の良さ・強みはコレクティブ(集約的)ななかで、クリエイティビティ(創造性)を出す。より集まって、より高いレベルのものを創造していく。これが日本が持っている圧倒的な強さで、世界に誇れる強さですよ』
【小野技術委員長談】


現在の日本代表を見ていると、この流れには乗っているように見える。しかし、世界のサッカーが進化しているのならば、この分析さえもすでに過去のものだ。

オシムの目には4年先の世界が見えているのだろうか?

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2006年11月16日

オシムジャパンの現在と未来 日本3−1サウジ

アジア杯予選(15日、日本3−1サウジアラビア、札幌ドーム)日本は3−1でサウジアラビアに快勝し、A組1位通過を決めた。


オシムが監督に就任してから7戦目となり、よりチーム全体の共通意識が高まっているという印象を受けるゲームだった。

前回アウェーで負けた相手に、ホームとはいえ2点差をつけて勝ったと言う事実は、選手全体のチームコンセプトの理解度、そしてそれを遂行するだけのコンビネーションの成熟を意味するものだろう。


■より鮮明になったオシムサッカー

今回のゲームは、ピッチ状況が良く、そして日本がゲームをコントロール出来たことから、より鮮明にオシムジャパンのサッカーというものが理解できるゲームとなった。

まず守備に関しては、相手FWをマンツーマンマークする事で、パスの出しどころを押さえる事に成功していた。サウジが中盤までボールを運んでも、パスの受け手にマークが付いているためパスが出せず、シュートまで持っていく事はほとんど出来なかった。

中盤守備では数的有利を作り出す為に、全体の運動量、そしてFWの守備参加を必要としており、あらためて運動量豊富に動き回るFW巻の存在意義を感じさせた。

しかし、全体的に運動量が落ちてきた終盤には危険な場面も多々あり、運動量が必須条件であるこの戦い方だけでは、いずれ問題がおきるのではないだろうか。


攻撃に関しては、まるでジーコ時代のアンチとして存在するようなロングボール、サイドアタック主体のサッカーだった。
ジーコのように中盤をつないでチャンスを待つ”時間のかかる攻撃”ではなく、DFや中盤の底からターゲットになるFWにむけて素早くロングボールをいれて、そこから攻撃を創る、またはダイレクトパスでサイドを突いていき、そしてクロスを入れるという形が多かった。

今回は特に二人のFWが長身のポストプレーヤータイプという事もあり、これらの形が多かったのかもしれないが、ある程度効果はあったのではないだろうか。

結果として我那覇の2得点、巻の無得点となったが、チーム戦術上FWの前線からの守備が必須である事が明確となり、巻の守備的な役割の重要性が感じられるゲームとなった。

巻の役割についてオシムは以下のように語っている。

攻撃は最大の防御である。逆に、最大の防御は攻撃の中にある。巻はその点で実践している。つまり、攻撃の先頭の選手でありながらディフェンスもする。攻撃の能力という点で問題がないわけではない。しかし巻が果たす役割は、汚れ役だ。大事な役割を果たしていることを忘れてならない。相手のゴールとハーフウエーラインの間を走り回り、時にはスライディングタックルまでする。そういうFWがほかにいるだろうか? エネルギーを使っているし、非常に消耗するわけだ。消耗する中で、ボールをもらったときに、もっと集中力があれば、もっといいパフォーマンスができるだろう。
【オシム談】



■オシムジャパンの現在と未来

今回のゲームで、オシムサッカーのコンセプトが明確になり、チームのベースは出来上がった感じがする。
守備に関しては技術よりも、運動量と人数で強引に奪う、攻撃は手数をかけずに、相手の守備の薄いサイドを有効に使う。ゴール前でも走力にモノを言わせて多くの人数をかけて攻撃するという感じか。

今はアジアでの戦いがメインの為、技術が高い方がより有利にゲームを進められる、しかし、今後世界で戦う時、相手チームは確実に日本より技術が高くなってくる。そんな状況では、今の運動量をベースにした戦い方が有効になってくるのだろう。
だが、一試合通して運動量がキープ出来る保証はない。そうなった時にこそ技術とアイデアのある選手が必要になることは予想できる。

オシムも現在選ばれている選手にアイデアを求めている。

最初、立ち上がりはイライラする展開だった。普通なら失わないようなボールを相手に渡してしまった。その後に、普通というか、よい時間帯もあった。しかしその時間帯でも、もっとアイデアを発揮してよかった。例えば、これは中村憲剛への批判ではないが、彼以外の選手がもっとアイデアを出してほしかった。そして全体のコンビネーションを考えてほしかった。
【オシム談】


今回のゲームでも中村(憲)のサイドチェンジや左右に散らすパスはゲームにアクセントを与えていた。この事からもエレガントなプレーヤーをチームに加える重要性は増してくるだろう。

現在発売中の”週刊サッカーダイジェスト 11/28号”にオシムと風間八宏氏の対談が載っているのだが、そのなかでこのチームが2〜3年後の完成にあわせて作られているというくだりがある。その過程に現在があるのだが、オシムの考える日本代表の最終形に必ず松井や中村、そして’79年組などの経験豊富で技術・アイデアのある選手は絡んでくると思う。

彼らに期待しているファン(自分を含めた)は静かにその時を待つしかないが、それほど悲観するような状況ではないだろう。仮に彼らが代表に選ばれなくても、U21やユース年代から彼らと同じような、いや、もしかすると彼らを越える選手が出てくるのではないだろうか。

今の私は、日本代表の未来についてかなり楽観的に考えている。オシムの言葉にはそれだけの深みがある。

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2006年11月13日

データから見る日本人FW

アジア杯予選サウジアラビア戦にFW前田遼一(25=磐田)、FW高松大樹(25=大分)が初選出された。

日本代表では慢性的なFWの人材不足に悩まされているが、その特効薬になるのか?


オシムが指揮するようになってからFWの軸は巻が勤めていたが(5試合出場)、今のところ得点という形では満足な結果が得られていない。

FWだけの得点数だけを見れば、播戸2得点、我那覇1得点、佐藤1得点がすべてだ。

FWに求められる仕事は得点だけではないとはいうものの、やはり得点力があってのFWだと思うし、得点の取れないFWでは相手にとって驚異とはならない。

今回招集された2選手は、巻に替わる可能性を探る為のものだと思うが、個人的に高松に期待している。

私が持つ高松の印象は、”体の強さ”と”勝負強さ”だ。かなり抽象的なものだが、ほぼ同タイプの巻が不調だからこそ、その比較として代表でみたい選手なのだ。

もう一人選ばれている前田の印象は”スマート”と”エレガント”で、技術的に特別な選手だと思う。しかし、中山という”あきらめない”選手を間近に見ている事で技術だけではない選手になっているはずと期待している。


とはいうものの、実際には印象よりも結果が大切だと思うので、いくつかデータをまとめてみた。


【日本人FWシュートデータ(Jリーグ)】

名前 試合数 シュート数 枠内S 得点 枠内S率 決定率
巻誠一郎 30 52 28 12 53.85% 23.06%
我那覇和樹 29 48 29 17 60.42% 35.42%
佐藤寿人 29 70 42 17 60.00% 24.29%
播戸竜二 29 50 31 16 62.00% 32.00%
前田遼一 23 45 25 12 55.56% 26.67%
高松大樹 26 68 33 12 48.53% 17.65%
田中達也 16 33 16 4 48.48% 12.12%


このデータを見ると、決定率は35.42%で我那覇がトップ、枠内シュート率では62.00%で播戸がトップとなり、現在の日本人FWのなかでもっともシュート技術の高いFWだといえる。

またFWの怖さとして”シュートを打つ意識の高さ”もあると思うが、この点については佐藤のシュート数70が際立っている。(次に多いのが高松の68、次が巻の52)

現在Jリーグでは外国人FWが上位を占めているが、そのデータからも考えてみたい。


【外国人FWシュートデータ(Jリーグベスト3)】

名前 試合数 シュート数 枠内S 得点 枠内S率 決定率
ワシントン 22 86 49 22 56.98% 25.58%
マグノ・アウベス 27 142 69 21 48.59% 14.79%
ジュニーニョ 26 99 50 18 50.51% 18.18%


ここから判るのは、そのシュート数の多さだ。この点に外国人FWと日本人FWの大きな差が出ているような気がする。

この点がもっともFWとして大切な要素であるならば、日本人FWの中では、佐藤がもっとも怖い存在なのかもしれない。


さて期待の高松・前田だが、成績は決して良くはない。

このデータだけで判断すれば、大きな期待は出来ない事になってしまうが、しかし、新しい選手を見ることは楽しい事なので、他の選手とは違う特徴・可能性を見せてもらいたい。

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2006年11月10日

日本サッカー協会ジーコの4年間を総括

日本サッカー協会は、日本代表が1次リーグ敗退したワールドカップ(W杯)ドイツ大会の技術報告書を公表した。
で、その内容だが、産経新聞の記事によれば、概ね以下のようなものになる。
@ジーコ前監督のサッカーは「王道」で、アジアレベルでは王道のサッカーで相手は崩れたが、欧州や世界では日本との差があり通用しなかった。

A組織よりまず個人の自己主張や判断力を重視し、日本選手の弱点克服に挑戦した事を評価しつつも、初戦オーストラリア戦の逆転負けに「1点リードの戦い方でチームとして同じ絵を描けていたのだろうか。また同点後のチームのメンタリティーはどうであったのか」と、未完に終わったことを認めた。

B今回の代表には中田英、中村ら日本サッカー史上屈指の才能がそろったが、現代サッカーで求められる運動量や動きの中での技術に世界との差があった。
「蹴って走って戦える選手でなければ世界では通用しない」とした。


また、sanspo記事によると、

CW杯開幕前に開催国ドイツと2−2で引き分けた親善試合に調整のピークがきてしまった「調整の失敗」

D豪州との初戦の重要性を強調されるあまり、終盤の衝撃的な逆転負けで選手のダメージが大きく、3戦を通して戦うというイメージができなかった「初戦を落としたダメージ」

の2点とした。


まあ確かにその通りなのだが、国を代表するチームの総括としてはちょっとお粗末な感じもする。

こんな事は、ジーコ以前の数年間で全部わかっていた事ばかりではないのか?

●アジアレベルのサッカーで世界に通用しないことは、フランス大会で経験済み
●試合状況に合った選手間の共通意識がなければ勝てないことはどんなチームスポーツで言えること
●”蹴って走って戦える選手”よりも”技術の高い選手”を選んだのだから、それなりの戦い方を考えるのが当たり前
●事前の調整方法のノウハウだってこれ以前の多くの大会から学んでいるはず
●初戦のオーストラリア戦がこの大会のすべてであり、万が一失敗した場合はクロアチア戦で勝つことが絶対条件だった事も誰でも判っていたこと


おそらく日本サッカー協会としては、これらを予測することもある程度出来たと思う。しかし、あまりにもジーコに権限を持たせすぎた事により、代表がジーコファミリーだけになり、ノウハウを持つ日本人スタッフが、チームに加われなかったことが最大の原因だったのではないだろうか。

この報告を見た限り、ジーコの4年間は失われた4年間だったと感じずにはいられない。

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2006年10月30日

マンマークディフェンスに問題はないのか?

スポニチ ワールドサッカープラスに西部謙司氏の『マンツーマンは古いか?』というコラムが掲載されていた。

現在の日本代表で採用されているディフェンス戦術についてのコラムなのだが、オシムサッカーを語る上で、非常に重要なテーマでありながら、意外に語られていないテーマであると感じ興味深く読んでみた。

ビム・ヤンセン監督が率いた95年頃のサンフレッチェ広島、96年のフランスリーグオセール、ユーロ04優勝国のギリシャなど、マンマークディフェンスを採用していたチームに関するコメントを交えながら、最終的には、

『いまどきマンマークは古い。廃れた理由はそれなりにある。ただし、古いから悪いとは一概にはいえない。』

『いずれ「廃れた理由」に直面することもあるかもしれないが、戦術は古いか新しいかよりも、常に効果的かどうかで論じるべきものだと思う。』

とまとめていた。

私は、このコラムを読んでみて、非常に気になった点があったのだが、それは『なぜマンマークは廃れたのか?』という理由についてだ。

私がサッカーを見始めた頃には、すでにゾーンディフェンスが主流であり、マンマークディフェンスよりもモダンな戦術として認識されていた。
それ故に、時代遅れとなった戦術についてあまり突き詰めて考えたことが無かったのだ。

自分的にはユーロ2004でギリシャが優勝した際に、このマンマークディフェンスがクローズアップされていた事が記憶に新しい。

非常に攻撃的な好チームが多かったこの大会の中で、唯一守備的なアウトサイダーだったギリシャは好きなチームではなかったし、むしろ忘れ去りたいチームの一つだったが、その反面でやり方によっては、実力の劣るチームが強国に勝ち続けることが出来るという希望も感じてはいた。

本来であれば、あれだけのレベルの大会で優勝したのだから、当然見るべき点はあったのだろうが、古くさい戦術のチームという固定観念があり、このチームが今後のサッカーの流れを変えるとも思っていなかったし、悪く言えば”運が良かったとだけ”とさえ思っていた。

しかし、欧州チャンピオンにまでなったチームの戦術が、なぜ主流にはならなかったのだろうか?
そもそも歴史的に、なぜマンマークディフェンスからゾーンディフェンスに流れが変わったのだろうか?


■マンマークからゾーンへ

かなり古い時代のサッカーでは、マンマークディフェンスが普通だった。その当時には、ポジションチェンジなどの概念もなく、選手の役割は固定化されていて、1人の選手を1人で見れば十分対応できたのだそうだ。

この当時の守備の概念は、ボールの動く先、動いた先を潰すという事だった。

しかし、時代は変わり、選手の運動量が増え、技術力が上がってくると、もはや人に付ききれなくなってしまい、マンマークでは対応出来なくなってきた。

マーカーを振り切れる体力と、その選手にパスを出せる技術がそろった事で、マンマークディフェンスは機能しなくなったのだ。

そこでボールの先を潰すマンマークから、ボールの出所を潰す、ボールを出させないという発想がうまれ、ゾーンディフェンス、プレッシングという概念が生まれてきたのだそうだ。


この事から、現在マンマークディフェンスを機能させるためには、相手に振りきられないスピード、当たり負けないフィジカル、そして走り負けないスタミナが必要になってくる。

これらの要素をすべて持っている選手を捜すことは難しいが、日本代表の中で考えればDFの選手よりボランチの選手に、より近い特徴の選手が多いような気もする。
それ故に、阿部や今野というボランチが本職の選手をDF起用するという発想になっているのかもしれない。


マンマークディフェンスで良いのか?悪いのか?、今のところ答えは出ていないが、いずれ議論の対象になりそうなテーマである。


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【参考】Variety Football(http://www.fujix.co.jp/varietyfootball/)

サッカー批評 (Issue24(2004))サッカー批評 (Issue24(2004))

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欧州選手権総集編―Euro 2004 unforgettable,unpredictable欧州選手権総集編―Euro 2004 unforgettable,unpredictable

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ラベル:日本代表 オシム
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2006年10月26日

順調に成長するU21代表 日本2−0中国

U−21サッカー日本代表は25日、U−21中国代表との親善試合に臨み、梶山と平山のゴールで2−0の勝利を収めた。

このゲーム、テレビ東京系での放送という事で、見ていないので、ニュースでの映像、新聞等の内容からちょこっとだけコメントです。


最近はA代表も含めて、日本代表人気に陰りが見えているようだ。
事前の報道では、この試合の前売りも今ひとつという話だったが、2万人程度の入場があったという事で反町監督も喜んでいた。

各スポーツ新聞の記事を読んだ限りでは、試合内容は良かったようだ。

オシム監督もこのゲームを見て満足したような記事が出ていたし、2−0という結果からもU−21の充実ぶりは見て取れる。

特にDF陣は良かったようだが、この辺りは反町監督の指導が行き届いているということだろうか。
最近のA代表の試合では、本職のDFがいない3バックが採用されていたので、単純に比較するのもどうかとは思うが、日本人監督のほうが守備戦術にはうるさそうなので、監督の違いがこの辺に出ているのかもしれない。

U−21代表は現在のA代表に比べると中盤のタレント、特に攻撃的なタレントが充実している様に感じられる。

A代表の次の試合(サウジ戦)では、U−21大量招集か?なんて記事も出ていたが、守備的MFに良い選手が多いA代表との融合は、チーム力を上げる事に役立ちそうな感じもする。

今回の得点シーンはニュースで見たのだが、1点目の梶山のゴールはクロスからシュートまでのタイミングが良かった。

しかし、2点目の平山のシュートは明らかに腕で押し込んだもので、決して自慢できるようなものではないと思う。
最近の報道を見ていると、平山を早くA代表に引き上げたいという様な意図を感じることが多いのだが、個人的にはまだ早いのではないかと感じている。
※平山を試す前に、大分の高松も使ってみてほしい・・・

反町監督も、将来性をかって平山を起用しているのだろうが、あんなゴール(腕で押し込んだゴール)の後に”投げキッス”を繰り返して喜びを表現しようとする気持ちが理解できない。

『FWはこのぐらい図太い方が良いと』考える人もいるかもしれないが、自分にはあまりにも子供じみた行為に見えてしまう。

子供達に夢を与えるプロとしては、もう少し配慮が必要ではないだろうか。

とは言うものの、全体的には非常に期待の持てるチームだと思う。
気を抜かないでこのまま行けば、黄金世代を越える事も夢ではないだろう。

だが、気を抜けば、さらに下の世代に追いつかれてしまうという事も忘れてはいけない。


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2006年10月24日

黄金世代にもう一度黄金の輝きを

Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2006年 11/2号 [雑誌]
小野伸二の足首の状況がかなり悪いようだ

今後は天皇杯は欠場しリーグに専念するようで、リーグ終了後には治療のため長期療養に入る予定だ。

しかし、怪我が多い小野だが、どこで歯車が狂ってしまったのだろうか?。


現在発売中の『number 664号(文藝春秋)』では、”黄金の行方”という小野を含む’79年組の現在にスポットをあてた記事が特集されている。

’79年組に今でもスポットが当たる理由は、その輝かしい過去の成績によるものだが、特に’99ワールドユースでの準優勝は今でも忘れることが出来ないものだ。

’79年組といえば小野、高原、稲本を中心に小笠原、遠藤、本山、中田(浩)、永井(雄)、播戸、加地、酒井など数多くのGoodプレーヤーを生み出した。

その選手達の成長を良く知る、元ジュビロ磐田監督山本昌邦氏の記事がこのnumberには載っているのだが、これだけの選手達が育ってきた背景・理由が垣間見えるものになっている。

この世代が伸びたベースは、Jリーグが出来たことにより予算が多く取れるようになり、若年層の強化が進んだこと。トレセン環境の充実などにより、すぐれた素材が刺激しあいながら成長できたことがあげられる。

その結果、各年代の世界大会で結果が残せたため、それ以降の国際大会でも上位に進出するのがあたりまえというメンタリティを持てたことも良い方向に選手達を導いた。

また、トルシエとの出会いも彼らには幸運だったと山本氏は語っている。

トルシエの持つアフリカコネクションによる、ブルキナファソへの遠征により、アフリカの環境に慣れるということはもちろん、過酷な状況を乗り越える方法やメンタリティを学んだ事が、ワールドユースでの好成績につながっている。

’79年組のポテンシャルを良く知る山本氏だけに、今回のドイツW杯の結果は悔しいようだ。


良くも悪くも日本のサッカーは4年周期で回っている。その結果今の代表も4年後を見据えた形で、若手中心の選手構成にシフトしつつある。

W杯で結果を残すことが、日本にとって最大の目的である以上これは仕方がないことなのだが、その為に現在最高の能力を持つもの達が活躍する場が無いのは非常に残念だ。

彼らが輝くためには、活躍の場を欧州に移していき、チャンピオンズリーグやUEFAカップなどを目指すしか方法はないのだろうか?

世界クラブ選手権が、もう少し価値のあるものであれば、Jリーグから世界を目指すという選択肢もあるのだけれど・・・。

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ラベル:小野 黄金世代
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2006年10月23日

中村、際立つ存在感

中村(俊)のプレーがキレている。

21日、ホームでのマザーウェル戦で2得点を演出。リーグ戦前節のハットトリック、欧州チャンピオンズリーグ(CL)のベンフィカ(ポルトガル)戦でも3得点に絡んでおり、その好調ぶりがうかがえる。

最近はゴールに近い位置でのプレーが増え、”自分で得点を獲る”という意識が高くなっている様だが、今回は華麗なパスによる活躍だ。

しかし、スゴイ目を持っている選手である。決定的なエリアにパスを送り込む技術は際立っている。

W杯での屈辱があればこその今の活躍なのだろうが、W杯以上の大会であるチャンピオンズリーグで結果を残せれば、あの屈辱も無駄ではなかったという事になるのだろう。

海外を目指す日本人選手の目標となった中村だが、この水準に行くためにはかなりの才能と努力が必要だ。

セリエAで初得点の小笠原も、チームで存在感を増し始めた中田(浩)稲本大黒も、フランスリーグで確固たる地位を築いた松井でさえも、今の中村との距離は歴然だ。

ブルーのユニフォームを着た中村が、早く見たいものである。

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ラベル:中村
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2006年10月19日

オシムが今変えようとしているもの

■オシムの言葉

オシムが指揮する日本代表を考えることは、非常におもしろい。
常にいろいろな教訓を残してくれる。

私は『サッカーは人生の縮図』であり、『サッカーを考えることは、人生を考えることと同じ』と、かなり本気で考えているのだが、オシムの言葉やサッカーは、更なる人生の深みを感じさせてくれる。

『考えながら走る』『ポリバレント』『日本化』『水を運ぶもの』『エレガント』・・

興味が湧いてくるようなキーワードを巧みに使い、私たちの意識を変えていく。


■オシムが本当に変えようとしているもの

最近ふと思ったのだが、オシムはここまでの時間を、日本代表の意識改革の為に使っていたのではないか?と感じることがある。

普通、代表での指導とは、”戦術やシステムの理解”、”個人の技術の向上”などを高める為に使われるもので、どちらかといえば”精神的な見えない部分”より、動き方などの”目に見える型”を指導するものの様に感じる。

オシムの指導する現状の日本代表も、『連動する動き』・『マンマークによるディフェンス』・『カバーリング』・『DFの攻撃参加』・『ゲーム中のシステム変更』などなど、おそらく”オシムが理想と考える、最終形”を成すための段階的な指導の途中のはずだ。

しかし、この”最終形”を実現するためには、今までの”固定観念”を一度破壊する必要があったのではないだろうか?。


■固定観念を破壊する

ここで言う”固定観念”とは、何か?、その答えはジーコジャパンにある。

ジーコが目指したサッカーでは、”自己犠牲の精神”よりも”技術力”が優先されていた。特別な能力を持つ選手には自由が与えられ、その特別な選手達の相乗効果により、レベルの高いサッカーを目指していた。

私は、その発想自体は否定しない。うまくかみ合えばスペクタクルなサッカーを実現することも不可能では無いと思うからだ。現にコンフェデのブラジル戦などの様に、美しいサッカーを展開した事実もある。

だが、このサッカーに安定感は無い。

中村・中田・小野・小笠原、これらの選手は、皆同じポジションの選手だ。ここには含まれていないが、稲本も攻撃を好むという意味では近い特徴を持っている。
これらの選手を複数同時に使うためには、”この中の誰かが守備的な役割を担う必要がある”。

・・・と、書いたが、この考え方こそが”固定観念”だ。

誰かが守備的な仕事を担当して、誰かが攻撃的な仕事を担当するというやり方以外に、全員が臨機応変に守備や攻撃をするというやり方に気づかない。そんな事が出来るわけがないと思いこむ。もっとたくさんの可能性を考えない。

選手も自分の仕事は”これ”と決めてしまい、それ以外は他の選手がやるのが当たり前という発想しか持てない。自分にはこれ以外は出来ないという思いこみがある。

コンフェデのメキシコ戦で、ボランチに入った中田(英)が攻撃的な動きを繰り返したことに、小笠原や中村は異議を唱えたと言われている。

中田が攻撃に行った事で、攻撃的なポジションに起用されていた中村や小笠原が守備をする時間が長くなりチームのバランスが崩れ負けたと感じさせた試合だ。

しかし、もしもこの時『固定観念』に縛られることなく、小笠原や中村がバランスを取る仕事が出来たとしたら、いや、この二人だけではなくチーム全体が連動してバランスを取れたら、もっとちがう結果になったのではないだろうか。

この『固定観念』の対局にあるものが『ポリバレント』ではないか。


■ボランチ5人起用の意味

オシムが現段階で欧州組や小野を起用しない理由の一つに、この”固定観念”や”こだわり””価値観の違い”があるような気がする。

彼らは”自分たちのサッカー”という言葉をよく使うが、これには自分の信じるサッカー感へのこだわりが感じられる。これらの概念・考え方を一度破壊し、”自己犠牲”という価値観を植え付ける作業無くして、オシムサッカーは完成しない。

私は、”自己犠牲”という言葉がもっとも似合うポジションはボランチだと思っている。中盤でバランスを取りながら、危険の芽を早めにつぶし、チャンスとみるや攻撃にも参加し、DFに穴があけば、そこを埋めに行く。

我が強い人には、なかなか向かないポジションだ。

そんなポジションの人間を、オシムはインド戦で5人も同時起用した。

これこそが、すべてのポジションに、ボランチ的な”自己犠牲”の精神を求めていると言うオシムからのメッセージではないだろうか。

特別な選手が融合できる下地は出来つつある。

攻撃に守備にと奮闘中のセルティック中村を見ていると、融合の日はそこまできていると思えるのだが。
posted by Ryon at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

川淵C 代表選手を批判!?

日本サッカー協会の川淵三郎キャプテンが格下のインド相手に3得点しかできなかった日本代表の攻撃陣を名指しで批判したとか。

サッカー界のトップという立場としては、言いたいこともあるのだろうが、名指しでの批判はちょっと大人げないかなという気がする。

大体、自分自身に対する批判はうやむやなままだし、ジーコジャパンの分析・評価、それから、自分自身の責任問題なども納得できるようなものではないのだから、表には出ずにそっとしておけば良いものを。

代表チームに対する注文程度なら有りかもしれないが、個人名を出して”下手”とまで言うのはいかがなものだろうか。

『人の振りみて我が振り直せ』

自分も気をつけなければ!と思ったのだった。

※しまった!!この記事も個人批判か(笑)
posted by Ryon at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

強固な家を建てるために インド0−3日本

日本代表は、アウエーでのアジアカップ予選第5戦でインド代表と対戦し、播戸の2ゴールと中村憲のゴールで3−0の勝利を挙げた。

前回のガーナ戦のスタメンから遠藤が消え(発熱のため)川崎の中村が入り、FWにG大阪の播戸が起用された。

前回のホームで行われたガーナ戦でそれなりの感触を掴んだ日本代表チームだが、今回の戦いはまさにアジアでのアウェーゲームであり、ピッチ状況は悪く、相手も守備的に引いてくる中での戦いになった。

アウェーのイエメン戦で0−1で辛くも勝利したという記憶が新しいが、今回の戦いではその時の反省を生かせているかに注目した。

具体的には、サイドからの崩しとミドルレンジからのシュート、そしてセットプレーといったところだったが、意識としてはまずまずの結果だったのではないだろうか。

播戸の2得点はサイドからの崩しによるものだし、中村のシュートはミドルレンジからのものだった。

ただ、問題があったとすれば基本的な技術にあったと思うのだが、ほとんどの選手のトラップが今ひとつで、運動量や動きの質で稼いだ時間を、トラップのまずさで失い、その為に落ち着いたプレーが出来ずにパスミスやシュートミスになっている様に見えた。

Jリーグの過密日程や、アウェー移動などによる疲労が主な原因なのかもしれないが、今のチームは基本技術が若干足りないのかもしれない。

今回遠藤の代わりに中村(憲)が入ったが、非常に良いアクセントになっていた。前回のガーナ戦でも輝きを見せていたが、縦に早いパスを通そうとする意識が他の選手よりも際だっており、今の日本代表に失われかけている”エレガントなプレー”を感じさせた。

このプレーがよく見えるという事は、やはり海外組のような特別な選手達が入ることで、チームは良い方向に変わるという確信だ。

だが、オシムにとっては、”エレガントなプレー”は現段階では必要のないことなのだろう。

今必要なのは、日本代表の土台となるプレーやコンセプトの浸透であり、その為には特別な選手ではなく、言い方は悪いが、あまり個性的では無い選手達の方が都合が良さそうだ。

一発のパスや、フリーキックなどでゲームを決めてしまう様では、チームコンセプトがぼやけてしまう。

我々には何が出来て何が出来ないのか?、我々には何が必要で何が不要なのか?

今オシムがやろうとしていることは、オシムが考える”サッカーというもの”を日本国籍をもつすべての選手達に理解させる事、いや、マスコミやサポーターにまで浸透させることなのではないだろうか。

強い日本代表を作り上げるのは、その土台ができあがってからの作業だ。
しっかりした土台の上にしか、強固な家が建つ事はない。
posted by Ryon at 23:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

ポリバレントな・・ 日本0−1ガーナ

■予想外のメンバー構成

サッカー日本代表がドイツW杯16強のガーナ代表と対戦し、0−1で敗れた。

アフリカ最強国であるガーナは、欧州リーグに所属する選手達で構成された、紛れもないA代表で、オシムが指揮を執りはじめてからの対戦相手としては、最強の相手だった。

スピード、フィジカルの強さもさることながら、DFラインを高く設定した攻撃的で組織的なスタイルは世界基準といえる。

その強国と対戦する日本だが、DF陣の要である、坪井、闘莉王を怪我で欠き若干いびつなメンバー構成となった。

DFは3バックで、FC東京の今野、ジェフ千葉の阿部と水本という、オシム以外の監督では絶対やりそうもない布陣となった。この意図は、スピードのある相手FWをマンマークで封じ込める力のある選手を起用したという感じだろうが、3バックにボランチの選手を2人も同時起用するとは予想しなかった。

■ポリバレントとは

試合前日のコメントで攻撃陣にポリバレントな選手を起用すると語っていたオシムだが、むしろボランチの今野をDFで起用した事がその思想を雄弁に物語っている様に感じられた。

”ポリバレント”とは化学用語らしいが、ここでは複数のポジションをこなせるという意味合いで使われているようだ。しかし、そういうユーティリティ性の他に、攻撃的なポジションの選手であっても守備をする、守備的なポジションの選手でも攻撃をするという意識の方が重要な鍵なのではないだろうか。

■方向性は間違っていない

ゲームの方は、今までで一番スピードがあり良いゲームだった。

組織的な動きが出来ていたのかといえば、まだまだ完成度は低いのだろうが、オシムジャパンとして何試合かこなしたメンバーと、多数のジェフの選手を同時起用することで、コンビネーションを高めていた。

この布陣を見る限り、オシムの負けず嫌い度と本気度が、相当高かった事は間違いない。

このチームの特徴である”走る・考える”というキーワードは、守備時における中盤での素早く繰り返されるプレッシングと、攻撃時におけるダイレクトパスによる素早い展開から感じられた。

パススピードは以前より格段に速くなり、ゲーム自体のスピードがアップしていたように感じたし、サイドをうまく使いながら攻撃する意図も明確だった。

選手一人一人が、オシムが目指すサッカーの方向性を理解し始めている様で、このゲームでは、駒野の積極的な攻撃姿勢や、遠藤のフレキシブルな動きもより効果的に機能していた。

しかし、全体の動きの質や量は上がっているものの、相変わらずフィニッシュに問題があり得点を取るには至らなかったのが残念だ。

この点は個人能力に依存する部分が大きいので、今の選手構成が正しいのか見直す必要があるだろう。

オシムがジェフ勢を多く使っているのは、練習時間の不足を補うのに都合がよいからではないかと予想するが、それはある一定の組織力を維持する事には貢献しているものの、フィニッシュの精度を上げるという部分にはあまり貢献できていない。

マスコミのしつこい質問により、海外組、特に中村俊輔の必要性に言及し始めたオシムだが、現在のやり方に、ベースの部分としては問題が見られないので、そこに技術のある特別な選手達を加えるやり方は現実的で良いやり方だろう。

■ポリバレントについて思うこと

今回のゲームを見ていて、以前から考えている”ある事”の有効性を知りたいという欲求が湧いてきた。
その”ある事”とは、MFのコンバートについてだ。

以前も何度か、日本のストロングポイントが攻撃的MFにあると書いてきた。しかし、その同時起用には問題が多く実現度はかなり低いものだった。

ジーコ時代の日本代表における中田・小野・中村の同時起用の解決策として、中田をFWで起用というのが自分の主張だったのだが、今回のゲームを見ていて、MFの山岸がFW的な起用をされていた事と、FW佐藤(寿)がかなり守備的な役割を担っていたことから、技術のあるMFに、よりFW色の強い役割と意識を与えることが、フィニッシュ問題の解決になるのではないか?とあらためて感じさせた。

よく「シュートはゴールへのパス」といわれるが、それならばパス能力の高い選手をよりゴールに近い位置で使うのは理にかなっているのではないだろうか。
ただし、能力の高いパッサーはみな意識がアシストに傾く傾向が強いので、FW的なメンタリティをつけることが一番困難な事だとは思うが・・。

1トップとなるFWは、MFがコンバートする必要は無いと思うが、2シャドーなら今のFW陣よりも決定力を高める事が可能なような気がする

試してみる価値は十分あると思うのだが。


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posted by Ryon at 17:23| Comment(4) | TrackBack(3) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

基礎はどこで学べる?

number 662(10/5号)にオシムのインタビュー(聞き手はリトバルスキー)が載っていた。

ジェフでやったこと、日本代表監督就任からここまで(サウジ戦前)のチーム作りのコンセプトなどとても興味深いものだった。

その中で、以前一部で話題になった”エレガントなプレーヤー”に関連するような内容も見受けられた。

中田、中村、高原などは日本のベストプレーヤーであるが、一つのチームに似通った選手は2人までしか共存できないとオシムは語っている。しかし、これらのベストプレーヤーが不要とは思っていないようで、重要な選手には違いないらしい。

しかし、二つの条件を満たしていなければ、これらのベストプレーヤーも代表には呼ばれそうもない。

『もっと走ることだ。走れないなら、話をする必要はない。走る気があるかどうかなど話題にすることさえ悲しい。サッカーができるかどうか、という問いと同じだ。
考えるかどうかも、同じ問題だ。考えることができなくて、どうやってサッカーができる?』

オシムのサッカーをやる上で絶対必要なのは、まずは走れること、そして考えることであり、どんなに技術があろうともこの二つの条件が満たされない選手は、オシムからは評価されない。

また、ユーティリティ性も同じくらい重要と考えている。


■日本人は基礎ができていない

このインタビューで一番興味を持ったのは”日本人は基礎ができていない”という部分だ。

『残念なことに、日本人は最後のアイディアだけが唯一だと思っている。例えば5つのコンビネーションについて話している。彼らには、ただ最後のものだけが大切でその前の4つを忘れている。日本のチームのどこでもそうだ。基礎ができていないこと、これが日本人の問題だ。』


たしかに言われる通りなのだろうなと思った。自分がサッカー観戦をしていて、ラストパスの前のプレーをどれだけ意識して見ているだろうか?。
その意図をどれだけ理解できるだろうか?
そもそも、日本人選手・日本人指導者がどれだけ理解し実践しているのだろうか?。

出来ているかもしれないし、出来ていないかもしれない。

つまり、まったく理解できていないという事だ。
オシムが言う”基礎が出来ていない”とはこういう事だ。

しかし、ここで疑問が沸いてくる。

『じゃあ、基礎はどこで学べるのか?』

日本には理解している指導者も選手も、その環境すらない。

では海外か?

海外に行っても、充実した環境を手に入れているものはほんの一握りで、多くの選手はゲームに参加することも出来ない。

傍目には充実しているように見える選手でさえも、代表に呼ばれることはない。(つまり、その環境を手にしているわけではないという現実)

現状では、オシムの指導する日本代表にしか、その可能性を見いだすことが出来ない。

しかし、その代表でさえも”選手を強化する場”ではないと考えている評論家がいるように十分な環境とは言えない。

※スポニチコラム『協会はオシム監督に何を望むのか(金子達仁)』参照

どこにいけば基礎が学べるのだろうか?。時間が解決してくれるのだろうか?。
いつまで待てば日本は”オシムの語るサッカー”が出来るようになるのだろうか?
posted by Ryon at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月07日

最低限の結果 イエメン0−1日本

■内容よりも勝つ事が最優先のゲーム

アジア・カップ予選でA組の日本代表は6日、当地でイエメン代表と対戦し、1−0で辛勝した。


アウェーで高地、ピッチコンディションも悪いという厳しい条件で、オシムが目指すサッカーを実践するのは無理と思われるゲームだった。

本来であれば、結果よりもまずは内容と言いたい私だが、このゲームに限っては、どんな醜い内容であっても、勝つことが最優先だ。

日本代表の最終目標がW杯で勝てるチーム、世界に通用するチームと考えるならば、こんな条件の試合はあまり意味がない。この環境で最高のプレーを目指しても、世界基準のゲームで活きてくるような経験にはなりそうもないからだ。

意味があるとすれば、”精神的なタフさ”、”あきらめない気持ちを身につけることができる”という部分かもしれないが、ジーコ時代のアジアカップで身につけたタフさが、W杯本戦であまり生かされなかった事を考えれば、これもそれほど意味のあることではないのかもしれない。


■新たなフェーズに進むオシムジャパン

ゲーム後のオシム監督の会見で気になった点は、現在の選手のクオリティに不満があるのではないか?と感じられる点だ。

今までならばプレーの内容についてハッキリと悪い点を指摘していたが、今回は様々な条件が悪いとはいえ、選手を擁護するような内容が多い。

チャンスに点が取れない事に対しても、個々の選手を責めるのではなく、”日本の持病”と表現し、対処のしようがないとあきらめている(あきれている?)様な印象もある。

また、イエメンの記者からの「どうして最強のチームを連れてこなかったのか」という質問に対して、”今連れてきている選手達がベストチームだ”とコメントし、サッカーは個人競技でなく、集団競技であると前置きした上で、個人能力に優れた選手を連れてくるよりも集団プレーに向いている選手を今回連れてきたと説明していた。

これについては、『中村・小野・松井などの個人技の優れた選手がいればこんなに苦労しないんじゃないの?』という考えに対して、真っ向から否定できるだけの内容を見せていない事に対する言い訳の様にも感じられる。

まだまだ代表としての練習時間も少ないし、Jリーグなどの日程も過密で選手のコンディションも万全ではない。とはいえ、オシム的には今のメンバーでも、正直もう少し出来ると考えていたのではないだろうか?


『今後は親善試合を含めて、なるべく若い世代のプレーヤーにチャンスを与える機会があると思う。予告しておこう。』

そうコメントしたオシムの頭の中には、ジーコジャパン世代、谷間の世代と言われた選手達の限界値と、梅崎など若い世代の選手達の期待値が正確にイメージ出来ているのかもしれない。

オシムジャパンは新たなフェーズに突入する。
posted by Ryon at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

負けて得たもの サウジアラビア1−0日本

日本代表がアジア杯予選・サウジアラビア戦に0−1で敗れ、同予選A組の2位に後退した。

今回はゲームを見ていないので、色々なサイト内容を見てのコメントです。

サウジといえば、W杯にも出場している強豪国で、アジアでもトップレベルの国だが、意外にも日本には16年も勝ったことがない。

とは言うものの、今回の日本代表は、まだまだ経験も浅く発展途上であるため、アウェーの厳しい環境で確実に勝てるほどの実力差は無かった様だ。

試合後のオシムの会見では、『子供のようなプレー』と表現していたが、判断力の欠如、臨機応変さの欠如を嘆いていた。

具体的には

@状況に関係なく繰り返されるクロスの放り込み
A逆に、パワープレーが必要な場面でのバックパス
B単純なパスミスの多さ

が指摘されていた。

ゲーム序盤に、相手DFの高さや、味方選手が間に合っていないなどの状況にもかかわらず、単純にアーリークロスを放り込むという駒野のプレーに対し、もう少し切れ込んでからクロスを上げろという指示が出したらしい。
その後、駒野はこの指示をキッチリ守り、ゲーム終盤負けている状況において、パワープレーのため闘莉王がFWの位置にいるにもかかわらず、アーリークロスを放り込まず、バックパスでボールを回してしまった。

駒野にしてみれば言われたことをきっちりやった結果なのかもしれないが、正しい状況判断ができていればこのような事にはならないだろう。

まじめな選手の方が、この様なミスを犯しやすい。

自己判断を求められている日本代表だが、今回の結果やオシムのコメントから判る事は”自分のプレーに責任とリスクを持たなければならない”という教訓だ。

監督からの指示は守るべきものだが、あくまでもアドバイスと考え、その状況で最善と思われる対策を”自己の責任”でとる事が必要だ。その結果うまくいかなくても、その対策をとった理由が明確で、自分なりに説明できるものであれば良いのではないだろうか。

今後の代表選手の基本となる考え方が、ひとつ明確になっただけでも、得るもはあったと考えたい。
posted by Ryon at 09:41| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

オシムの弊害

■サッカースタイル

書店の店頭をにぎわす”オシム特集”のサッカー雑誌達。どの雑誌を読んでも、それなりに興味深い記事が書いてあるし、面白い。

TVでも数多く取り上げられているし、そのほとんどが好意的なものである。

実際、私も一サッカーファンとして、オシムの手腕には期待しているし、日本の将来は明るいと思っている。

しかし、最近少しだけ不安を感じている。

日本代表に選ばれた選手のコメントを読むと、ほとんどの選手がオシムのやろうとしているサッカーを理解しようとしているし、また、代表で受けた刺激や考え方、スタイルなどをクラブに持ち帰り、そこで更なるレベルアップを目指している。

オシム自身もJリーグの多くのクラブが、運動量の多い、走るサッカー、攻撃的なサッカーをする事を望んでいる。

この日本サッカー界の動きは、”日本らしいスタイル”を模索する上では非常に良いことのように思えるが、その反面”Jクラブのスタイルの均一化”につながらないか心配だ。

各クラブでは、”監督のスタイル”や”選手の質”により目指すサッカーは変わっていて当然だと思う。

そのスタイルの違いがあるからこそ、面白いゲームを生み出されていると思うのだ。


■クラブ監督はやりにくくないか?

Jのクラブを指揮する監督は、確固たる信念を持ってクラブの指揮をとっていると思うが、外部から違うスタイルを吸収してきた選手が、そのスタイルをクラブで出したいと考えはじめたら、クラブに微妙に影響しないか?心配だ。

例えば、その組織的な戦術に定評がある大宮には、小林大悟という将来性豊かなMFが所属している。
今期の活躍はそれはすばらしいもので、代表に呼ばれるのも当然だろう。 しかし、代表戦では思ったほどのプレーは出来なかった。

ここで、選手はどんな心理になるだろうか?

普通であれば、クラブでアピールをして、また代表に呼ばれたいと考えるだろう。だが、クラブが目指すスタイルと、代表のスタイルが異なった場合、今まで通り、クラブのスタイルにあわせてプレーできるだろうか?

ここから先は、個人のメンタルの問題なので、結果はわからない。

だが、代表とスタイルが似ているクラブ(たとえば千葉や広島、川崎)の選手よりも不利だと感じる様なことはあるかもしれない。

現在の日本代表と違うスタイルながらも面白いサッカーを展開しているクラブが”オシムの影響力”により、やりにくくなるような事があってはいけないと思う。

サッカーの答えはひとつでは無いはずだ。
posted by Ryon at 14:29| Comment(6) | TrackBack(0) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

効率化の行き着く先は・・ 日本2−0イエメン

いやー先日(8/12)の雷でモデムをやられてインターネットを自由に使えないRyonです。今はお店のPCから更新中です。・・いつ直るんだろ?


■改善されない決定力

オシムジャパン初の公式戦であるアジアカップ予選のイエメン戦が新潟スタジアムで行われ、2−0で日本が勝利した。

今回は、前回のトリニダード・トバゴ戦のメンバーにG大阪から遠藤・加地、ジェフ千葉からは阿部・巻・羽生・佐藤(勇)が加わり、オシムが現時点で呼んでみたかったメンバーをある程度揃えることが出来た。

ゲームの方は、予想通りイエメンが自陣深くで守る超守備的なシステムとなり、日本が圧倒的にボールを支配しながら得点できない展開となった。

この展開は、W杯予選などでも見られたものだが、監督が替わったことで今までとは違う日本代表が見られるのではないかと期待していたが、蓋を開けてみれば以前と大差ないものだった。

トリニダード・トバゴ戦では比較的静かに戦況を見つめていたオシム監督だったが、今回はかなりイライラしているようだった。

後のインタビューで、DFラインでのボール回しのスピードが遅い事を指摘していたが、これは確かにその通りだった。

ただ、この点については、今までの日本代表もほとんど変わらないので、ここが改善されることでどれだけ良い攻撃が出来るようになるのかは、(個人的には)ハッキリとイメージ出来ない部分もある。

守備的なチームを崩す方法としては、セットプレー、サイドからの攻撃、ミドルシュートなどが有効と思われるが、意識としては良くやっていたように思うが、精度はあまり良くないようで、なかなか得点にはいたらなかった。

オシム曰く、日本のように技術のあるチームはセットプレーで5回に1回くらいは成功させなければならないと言っていた。つまり、今回の試合では20回くらいのセットプレーがあったので4点は取っていなければならないという事だ。

今までは、漠然とセットプレーを見ていたが、この様に目標値を出してもらうと見ている方もわかりやすくて良い。セットプレー成功率の一つの目安になるだろう。

ゲームの方は後半になってから動いたのだが、羽生投入によりチームが活性化したように思われた。

羽生に対する指示は、サイドに開けというものだったが、マークをサイドに集め、中央にスペースを作り出すことが目的だった。

誰かが意図的にスペースを作り出し、出来たスペースを有効に使う。それらの動きがいくつも連動するサッカーがオシムの目指すものなのだろうが、まだまだ完成までの道のりは長そうである。


■エレガント<効率

オシム監督のインタビューの最後に”エレガントなプレー”に関するものがあったのだが、この内容が個人的には一番考えさせられるものだった。


日本のサッカーをもっと強くするためには、もっと走る、もっとアグレッシブなチームをもっと(Jリーグで)増やさなければならない。そのためには、ある部分を犠牲にする必要がある。例えばそれは、プレーのエレガントを犠牲にしなければならない。エレガントであることと、効果的であることは両立しないことが多い。それが両立しているのは、多分バルセロナだけだろう。


このコメントについては、まったくその通りだと思う。チームとして戦う場合には、魅せることよりも効率よくプレーする事を優先した方がより勝利に近づく事は明白だからだ。

しかし、この後に質問された”エレガントな日本人プレーヤー”についての考え方を聞いて、少しだけ寂しい気持ちになってしまった。


あまりにもエレガントなプレーヤーは難しいかもしれない。普通に美しいプレーヤーはどうか? 格好いいかもしれない。美しいプレーをして、その結果はどうなるか? その結果を考慮したい。美のために死を選ぶという選択はある。だが、死んだ者はサッカーができない。美しさを追求して死ぬのは自由だが、そうなるともうサッカーではない。現代サッカーのトレンドはそうではない。今はどんなに美しいプレーをしたかではなく、何勝したか、それが求められる。残念ながら。



私も日本代表が強くなることを願っているが、その為に世界に誇れる日本の”エレガントなプレーヤー”達が日本代表でプレー出来なくなるのは少しばかり残念な気がする。

私はどちらかと言えば、勝利よりも美しさを優先して考えている。
つまり、内容が良ければ勝利が絶対ではないという考え方だ。

今までの日本サッカーは、日本らしい組織力をベースにしながらも、日本サッカー界が生み出してきた、何人かのエレガントなプレーヤーの技術やアイデアにより、世界にアピールできるサッカーを構築してきた。
しかし、今後はそれらの特別なプレーヤーでさえも、自己犠牲の精神を持ちながらチームに貢献する道を探らなければならない。

とは言うものの、オシムの目指すサッカーでは”美しくはならない”とは思っていない。

オシムの目指すサッカーは効率的なものかもしれないが、しかし、効率化の行き着く先には”機能美”という美しさがあるはずだ。

美しさの質は変わってくるが、”芸術的な美しさ”よりも”機能美”の方が日本人的な美しさに近いかもしれない。
posted by Ryon at 20:52| Comment(1) | TrackBack(4) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

坂田 背番号”67”

40番台、50番台、60番台の背番号のレプリカユニフォームはかなりレアになるかも!?

アジアカップ2007予選イエメン戦に向けた登録選手の背番号に異変が起きた。横浜Mの坂田の”67”を筆頭に大きな数字を付ける選手が続出だ。

原因はジーコ時代にすでに42人が登録済みで、そのリストに載っていない選手は43以降の番号しか付けられないからなのだそうだ。

決まった選手しか使わない印象のあるジーコだが、意外にも多くの選手を予備登録していたようだ。

今回の事で、ジーコとオシムでは選手選考の基準が全く異なるという事がハッキリしたわけだが、42以前の番号を付けている選手がいたら、それはジーコも目をかけていた選手という事になる。大したことではないが、そんなところを捜して、ちょっとだけ楽しむのも有りだろう。

予選6試合はこの番号になるそうなので、今レプリカユニフォームを作ったら伝説の番号になるかも!?

posted by Ryon at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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